安倍元首相銃撃事件には「別の狙撃手」がいた
銃声は2回、逮捕された男はその場にいた。それでも「本当の射手は別にいた」という説がネットから消えません。
噂の内容
2022年7月8日の午前11時半ごろ、奈良市の近鉄大和西大寺駅の北口。参議院選挙の応援演説に立っていた安倍晋三元首相が、背後から手製の銃で撃たれました。元首相は奈良県立医科大学附属病院に運ばれ、その日の夕方に亡くなりました。現行犯で逮捕されたのは、現場にいた41歳(当時)の男でした。
犯人がその場で取り押さえられた事件なのに、ほどなくネット上で「撃ったのは別の人物ではないか」という説が広がり始めます。きっかけになったのは、事件当日と翌日に発表された説明の食い違いでした。
事件当日の夜、治療にあたった救命医は会見で、首の前の傷から入った弾が心臓の壁に大きな穴をあけていた、という趣旨の説明をしました。ところが翌日、奈良県警は司法解剖の結果として「左上腕から入った弾が左右の鎖骨下の動脈を傷つけたことによる失血死」と発表します。首の前、つまり前から撃たれたのなら、背後にいた犯人とは向きが合わないのではないか。周りの建物の上から撃った者がいたのではないか。そんな推理が、動画の切り抜きや図解とともに拡散していきました。
さらに「体内に入ったはずの弾が1発見つかっていない」という報道が、疑いに油を注ぎます。警備の甘さを認める警察の報告も重なり、「何かを隠しているのでは」という見方が、事件から何年たってもくすぶり続けています。
ささやかれる証拠
医師と警察の説明の食い違い
救命医は首の前の傷と心臓の損傷を挙げ、警察は左上腕からの弾による動脈損傷を死因としました。同じ体を診たはずの説明が違うことが、疑いの出発点になりました。
前から撃たれたように見える傷
首の前に傷があったことから、背後から撃った犯人とは別に、前方や高い場所から撃った者がいたのではないか、と考える人が出ました。
見つからない1発の弾
体内に入ったとされる弾のうち1発が、体内から見つからなかったと報じられました。「消えた弾」は、別の銃から撃たれた証拠ではないかと言われました。
あまりに手薄だった警備
元首相の背後が長い時間がら空きだったことは、のちに警察自身も認めています。「わざと空けていたのでは」という想像も、この点から生まれました。
表向きの説明
警察庁は2022年8月に検証結果を公表し、背後の警戒に空白があったことや、1発目の発砲のあとの対応が遅れたことなど、警護の不備を認めました。警察の幹部が辞任する事態にもなっています。一方で、別の射手がいたことを示す証拠は、捜査でも裁判でも出てきていません。
裁判では、検察が弾の向きや現場の状況を細かく示しました。解剖医は、マイクを持って右腕を上げた姿勢なら傷の向きに不自然な点はないと証言し、見つからない弾は救命処置のときに血液と一緒に吸い出されたとの見方を示しました。現場で見つかった弾も、被告と元首相を結ぶ方向の先にあったとされています。2026年1月、奈良地裁は被告に無期懲役を言い渡し、被告側は控訴しています。
ちなみに、この事件をきっかけに、被告の母親が多額の献金をしていた旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の問題が改めて注目されました。国は教団の解散命令を裁判所に請求し、2025年3月に東京地裁が解散を命じる決定を出しています。事件は、陰謀論とは別のところで、社会の大きな議論につながりました。
事件の経緯は、公的な検証報告と裁判の記録で確かめることができます。